なんの為に洋服を作るのだろうか。

こんにちは、しゅんたろうです。

またいつも通り更新に時間が空いてしまいました。

書く時間がないってほど忙しい訳でもないですけど、単純に書きたい事もなかっただけなんです。

そう言って書いているってことは、そうです。書きたい事が出来たんです。

今日書きたいなって思ったことは、「なんの為に洋服を作るのだろうか」ってこと、昨今のアパレル業界のトレンドであるエシカルとか、サスティナブルって観点からみても、そもそももう溢れて捨てるほど洋服なんてあるのだから、作らないってのが一番のエシカルだと思います。

それでもみんな作るのって、欲求を満たす為でしかないんだと思います。

別にそれを否定するつもりなんてさらさらありません。

誰だって皆んな自分の欲求を満たす為に生きているのだと思います。

誰かを幸せにしたい、ピンチな業界を救いたい。

そういう一件社会的に意義がありそうでも、「救いたい」「幸せにしたい」って欲求を満たすためではないでしょうか。

でも欲求を満たすのであれば、少なくとも誰かを幸せに、誰かを救う、誰かの欲求が満たされるものであるべきだと思います。

自分が可愛いと思う洋服であり、かつ皆んなが求めているものでなければ物は売れないって書いてますけど、要は独りよがりじゃダメなんだよねって事です。

自分はこの着方が可愛いと思う、この色が可愛いと思う。

それが多少独創的であっても「この人が言うんだから」「この雑誌にいいって載ってる」と情報の発信源が限られていたけど、今はその発信源がいろんなところにあります。

そうなってくると、自分にとっての正確な情報も選択しがたくなってきます。

だからこそ、消費者がこんなの可愛いのになぁって思っているところに、「そうだよね!こういうのだよね!」って感じの提案にならないといけないんですよね。

それって一見めちゃくちゃ難しいことかもしれないけど、ちゃんと消費者の大輔スタイルなんかを掘り下げれば、案外自ずと見えてくるものではないのかなって思います。

そう考えるからこそ、誰かにとっては全然いらないものでも、誰かにとっては必要不可欠なものになれるのかもしれません。

そんな背景からOPENなコミュニケーションを取り、消費者との共感を大事にしているインフルエンサーブランドやD2Cブランドが新鮮に映るのかもしれませんし、閉鎖的に情報格差で成り立っていた面の強い老舗が苦戦する様な状態なのかもしれません。

どんなものを作るかはそれぞれの欲求だと思うからこそ、何の為に、誰のために作るのかって事が一番大事なのではないかと思うのでした。