ファッションでコンセプトやブランディングに使われている、サスティナブルに違和感

こんにちは増田です。

ファッション業界では、サスティナブルな取り組みとして、環境への配慮を掲げ、取り組みに対しての宣伝や、サスティナブル自体をコンセプトとし、ブランディングを行なっているファッションブランドも増えてきました。

しかし、現実にそれらの多くはグリーンウォッシング(環境配慮をしているように装いごまかすこと、上辺だけの欺瞞的な環境訴求を表す。)という上辺だけの物が多くなっています。

サスティナブルに関しては、以前の記事でも何度か紹介しているのですが、【エシカルファッションとか簡単に言うなと思った件。】【ファッション好きなら見てほしい映画「スローイングダウン ファストファッション」】これらについての違和感を最近よく考える様になりました。

サスティナブルは必要?

そもそもサスティナブルとはなんでしょうか。

サスティナブルとは、本来は「維持できる」「耐えうる」「持ちこたえられる」を意味する形容詞です。

ファッション業界だけに限らず、地球環境の持続可能性、人間社会の文明・経済システムの持続可能性の意味や概念として一般的に用いられるようになりました。

環境への配慮が高まる現代において、「ファッション業界は世界で2番目に汚染を引き起こしている業種」という事実を、プレスリリースやインタビューを通して目にすることが多々あります。

しかし、実際にこの出来事の背景にある具体的な研究というものは存在しません。

だからと言って、関係ないとはならないので、ファッション業界も“背負わなければいけない責任”です。

ファッション業界では年間の廃棄量とエネルギー排出量が60%増加すると予測されおり、一方、水の消費量は2030年までに50%増加すると言われています。

そうした背景からも、環境に配慮することはブランドにとって、企業にとって、事業を運営していく上では、自ずと課せられているミッションになっていくことでしょう。

UNIQLO,ZARAといったファストファッション・ブランドでさえも、使い捨ての様な服を大量生産する一方では、サスティナブルな取り組みに励んでいます。

しかし、先述した様に本当の意味で環境に配慮しているブランドはどれだけ存在するのでしょうか。

透明性のない状況が違和感の根源

サスティナブルの話になった時に、感じる違和感の根源はトランスパーレンシー(透明性)やトレーサビリティー(追跡可能性)という面です。

多くのブランドや企業が環境への負担を減らすための取り組みを進め、環境に配慮したアプローチを通してサステナブルファッションをアピールしています。

環境にやさしい素材を採用し、倫理的な調達を行う。

労働者の権利の尊重、廃棄物削減なども含まれる。

具体的な例だと、デッドストックやリサイクル素材を積極的に取り入れること、捨てられるはずだったゴミからの再利用。

土に還る様な素材を使用するなどがサスティナブルな取り組みとしてよく挙げられています。

そのどれもがサスティナブルな取り組みを構成するうえでは大事な事なのかもしれませんし、取り組みとしては賞賛すべきものです。

一方で、そこにトレーサビリティ(追跡可能性)というものが欠如していて、国内の多くのブランドは行なっていると言うのだから行なっているだろうと言う、性善説の様な形で成り立っていると言えます。

要求される「トレーサビリティ」のレベルは企業によって異なりますが、最適な「トレーサビリティ」の仕組みを構築して行くことが、品質も含めて安心・安全への関心が高まっているこの時代、企業の社会的責任の一つではないでしょうか?

他にも、環境保全を示す考えの一つにエコロジカル・フットプリントというものがあります。

これは、人間が自然環境に与える影響を、わかりやすく明快に伝えるとともに、その影響(生態学的赤字)をどれくらい減らすべきかの指標です。

近年では、英国ウェールズ議会がエコロジカル・フットプリントを持続可能性指標として採用されていたりします。

サスティナブルには本来、多大な投資がかかる事からも、こうした指標を元に取り組みに対して成果を開示して、トランスパーレンシー(透明性)を出す事ことで初めてブランディングにも繋がるのではないでしょうか。

最後に

世の中すべての消費が、意識的な決定に基づいて行われているわけではないし、洋服ももちろんそうです

こと洋服に関しては、単純に持続可能な服を追求するではなく、何よりもビジュアル、快適性、機能性こそが優先的にあるべきです。

買おうとしている洋服のタグを見るとオーガニックコットンでしたとなった時に、『自分も環境のために貢献している』と感じて、購入することの後押しとなった。くらいに、サスティナブル自体は“追加の要素”という考えぐらいがちょうどいいんじゃないでしょうか。

サスティナブルな取り組みはモラル的に優位に立つことでもなく、誰かに説教や強要をすることでもないので、これらをブランディングに使用する事や、コンセプトとして置いてしまう事は広告としての価値でしかなく、本来の言葉の意味を歪めてしまっている様にしか感じないです。