アパレルの国内産業はいよいよヤバイ?解決に向かうためにはこれしかない!

こんにちは増田峻です。

今日は以前より、国産比率の低下が止まらないなら柔軟に考えよう。とか日本の伝統工芸が消えて行くのは見てらんない。で話していたのですが、アパレル生産の国産比率がヤバイって話をまたしようかなっと。

何を解決すればいいんだろう?

そもそもこの問題の起こっている背景って、ZARA・H&Mみたいなファストファッションの浸透やデフレの影響でアパレルの単価が下がってきて、それに対応するために、多くの国内アパレルが生産を中国をはじめとした、海外に移転してきたことが大きな原因って言われています。

また、工場側に目を向けると、先述したような背景を受けて、工賃が伸びないっていう、苦しい経営が続く中で、労働者不足や後継者不足に伴い、廃業を選択してきた工場が多いことも要因です。

この辺は地域の過疎化みたいなことも絡んでると思います。

繰り返し言ってますが、このままでは国内生産背景は、無くなっちゃいますよね。

それでは、国内の生産背景をもう一度活性化させるためには、何を解決すれば良いのでしょう。

まず解決すべき課題は、海外で売れる付加価値の高い国内生産ブランドが少ないことじゃないでしょうか。



上記の図は主要国におけるアパレル輸出額の構成比ですが、これを見ると日本が非常に特殊な構造となっています。

それは、衣料品の最終製品輸出が極端に少ないことです。

中国はブランドではなくOEM/ODM製品の輸出で話は別ですが、そもそもの輸出額の違いはあるにせよ、日本は極端に製品輸出が少ないです。

国内には無数にアパレル企業がありますが、内需に頼りきり、国内生産ブランドは海外に目を向けることができていないのではないでしょうか。

生地は認められてる??

一方で、生地だけを見ると、なかなか他国とも検討しています。

実際にプルミエールビジョンなどの生地の展示会でも、国内テキスタイルメイカーが出展していて、日本の生地は高く評価されているものもあります。

東レや帝人のような大手化繊メーカーの素材だけでなく、国内産地の中堅・中小企業の生地がそのクオリティや独自性において評価されています。

和歌山のエイガールズや福井の第一織物なんかの生地メーカーやその他団体も個別に評価されていたりします。

ただ、そもそもの衣料品のコスト構造を分解してみると、生地などの原材料費は製品価格の10%~30%程度しかありません。

なので、産業全体でみると最終製品の輸出で稼いだほうが遥かに効率はいいです。

日本国内には海外に注目され直接取引されるほど高品質の産地、工場があるにも関わらず、それを付加価値の高い最終製品、ブランドに変えられるデザイナーや企業が現状ではあまりにも少ないという状況になってしまっています。

ここでもまたガラパゴス化してしまい、国内産地を活用できる企業やデザイナーがおらず、川上・川中・川下とそれぞれで分断が起こってしまっている、これが日本のアパレル業界の構造的な問題です。

これからのアパレルブランド

直接的に生産地につながることは、なにもD2Cビジネスだけのものではなくて、もともとデザイナーと産地が身近な関係を保ち、お互いを刺激しながらコラボレーションしていくことは、今までもそうやってやってきていたはずです。

実際、ルイヴィトンやエルメスなどフランスのラグジュアリーブランドは、オートクチュールの生産で重要なアトリエと呼ばれる工房を早くから保護し、職人を大切にしてきた。ブランドビジネスにおける産地、生産現場の重要性を昔から理解していたからです。

また、そういったブランドや企業との取引量が増えると、生産背景側にも大きなメリットがあります。

適正なコストでの仕事や、クリエイティブな仕事をすることで、職人の心身が健康となり、仕事の誇り、プライドも高まり、後継者も現れやすくなり技術継承に繋がると思います。

またそれらの企業との接点を持つことはガラパゴス化しそうな現象を防ぐことにもつながると思います。

最後に

日本でも今年に入り、経済産業省が2月23日、若手ファッションデザイナーのビジネス拡大を支援する「若手デザイナー支援コンソーシアム」を立ち上げたことを発表しました。

発起人メンバーも業界の重鎮から若手のD2Cビジネスの起業家まで様々です。

また、先日発表された「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ」の2018年のグランプリに、「ダブレット(DOUBLET)」を手掛ける井野将之デザイナーが選ばれました。

このような次代を担うクリエイターが中心となって、先のコンソーシアムメンバーが国内背景・産地を繋ぎ、グローバルで売れるブランドを育てることが、今後の発展につながると思います。

また産業構造の歪み・断絶を解消していくことは、僕自身も目指していきたいなと思ってます。

こうしている間にも貴重な技術を持った職人が一人また一人と現場から退いていきます。

こうしたものづくり産業を救うためにも、これからも活動していければなぁと思います。

それではまた!!